スタッフブログ特別編 ブラリ橋(#6 祖谷のかずら橋 4/4【Ⅰ】)
「祖谷のかずら橋は吊橋かな?」
「かずら橋」を渡りながら、「かずら橋」の形式を考える人はめったにいないと思いますが、最終回(4/4【Ⅰ・Ⅱ】)は、「かずら橋」の構造について考えましょう。
前回(3/4歴史編)で少し触れましたが、「奥祖谷二重かずら橋」は典型的な吊橋です。
しかし、「祖谷のかずら橋」は違います。一体何が違うのでしょう。
吊橋と言えば、よく似てるけどちょっと違うなという近代橋があります。分かりますか。
斜張橋(しゃちょうきょう)ですね。両方とも橋桁を吊っているので、斜張橋のほうは、ちょっと変わった吊橋と思っている人もいるかもしれません。まあ私もそれに近いですが。
この二つの橋は、確かに橋桁を吊っています。だから、このような橋を総称して吊形式の橋と呼びます。それじゃあ、吊橋と斜張橋の違いは何なのでしょう。
■吊橋と斜張橋の違い
かつて吊橋と斜張橋が似ていることが、橋梁の専門家の間でも面白いエピソードを生みました。
斜張橋が日本に初めて導入されたとき、この橋の形式名に適当なものがありませんでした。そこで斜め吊橋と呼ばれました。この状況に、日本における橋梁工学の第一人者であった東大の伊藤學先生(注1)が、「この橋は吊橋とは構造的に異なる形式なので、斜張橋と呼ぶことにする」と、新しい名前を公表しました。それ以来、斜張橋という名前が日本に定着することになります。
この二つの橋には力学的に大きな違いがあります。
吊橋は、主塔間に渡したケーブルから吊材を下げ、この吊材に橋桁を取り付けたものです。一方、斜張橋は、その名の通り塔から直線的に張られた斜めのケーブルで橋桁を支えます。斜張橋の場合、軸力という圧縮力が橋桁にかかり、その軸力は橋が長くなればなるほど大きくなります。
長い橋を架けるという点からは、吊橋のほうが優位性があります。しかし、橋梁技術の進歩により斜張橋でも長い橋が可能になりました。中央支間長890mの多々羅大橋(しまなみ海道)は完成時世界一の斜張橋でした。現在の世界一はウラジオストクにあるルースキー島橋(Russky Island Bridge)で、何と1104mです。
それでも、1000mを超える橋をつくろうとすれば、今の技術では吊橋しかありません。それなら一体どのくらいの長さの橋が可能なのでしょう。吊橋の長さの限界は、ケーブルの強度で決まると言われています。
現在、世界一の吊橋は、明石海峡大橋(1991m)より32mだけ長くなった「チャナッカレ1915橋(トルコ、中央支間長2023m)」です。このような長大橋には、超高強度鋼線でつくられたケーブルが使われています。
斜張橋の構造は橋の専門家でなくても直感的に分かりやすいので、古くから採用されてきた形式です。ところが、構造計算などが難しく、近代橋としては吊橋のほうが先行しました。吊橋はアメリカやイギリスで発展しましたが、近代的な斜張橋が生まれたのはドイツです。
どちらも吊っていることに変わりないけど、引っ張る方向が違うというようなことかな。それじゃあ、現代の吊橋を思い浮かべながら、「かずら橋」の話に進みましょう。
「祖谷のかずら橋」を渡るとき、余裕があれば「さな木」の下を通っている敷綱を観察してください。被覆されたワイヤロープとそれに添わしたシラクチカズラが対になり、5本の敷綱が通っています。
入口付近のシラクチカズラは、驚くほど太いカズラが使われていて、本当に頼もしく見えますが、いくら太いといっても、シラクチカズラに力学的な期待をしているわけではありません。現在の「祖谷のかずら橋」は、ワイヤロープだけで安全性が保たれるように設計されているのです。
この敷綱(ワーヤロープ)を両岸からハンモックのように張り渡し、その上に「さな木」を取り付けて歩けるようにしたのが「祖谷のかずら橋」です。 このような形式の橋を「吊床版橋(つりしょうばんきょう)」といいます。
吊床版橋は、広い意味では吊橋の一種と言えますが、「奥祖谷二重かずら橋」とは構造が異なります。
この形式の橋は歩道専用橋として架けられることが多いので、観光地のような場所でよく見かけます。
奥祖谷二重かずら橋に行く途中に、「龍宮橋」という大きな橋があります。そう言えば、材料はすべて金属ですが、この橋は「祖谷のかずら橋」と同じ形をしてますね。長さは120mもあります。今は、旧道になったところにありますので、立ち寄るときは奥祖谷観光案内所を目指してください。
■吊床版橋とは
吊床版橋は、橋台(橋脚の場合もある)の間に渡したケーブルを利用して橋床(床版)をつくり、その上を通行する形式の橋です。
龍宮橋のようにメインケーブルの上にデッキを置いて路面としているタイプやPC鋼材(注2)で補強されたコンクリート床版を路面とするタイプがあります。
吊床版橋は華奢に見える橋床がゆるやかにたるみ、自然に調和した美しい景観を創り出します。
吊床版橋は、道路橋となると少し変わった形式の橋もあります。
歩道橋では床版の上を直接歩きますが、床版の上に支持部材を介して新たに床版を載せ、車が通る構造にした橋があります。それが下の写真の上路式吊床版橋という橋です。
上路式(じょうろしき)というのは、橋の上側に路面があるということです。(※路面が下側にあれば、下路橋(かろきょう)といいます。吉野川橋など比較的古い橋にこの形式が見られます。)
この橋は青雲橋といいます。三好市山城支所の前を流れる銅山川に架かっています。国道32号から車で2分程度のところにありますので、池田方面から祖谷に向かうときに、ちょっとだけ寄り道してはいかがでしょうか。橋がひっくり返ったように見える面白い橋です。
「吊床版橋、床版を吊ってる橋?」。吊床版橋は、吊橋や斜張橋と違い、その名前から橋の形を想像しづらい名前です。そもそも床版とは何でしょう。床版とは、人や車が通る橋の床になる部分です。橋の上を通る人や車の重みを橋桁に伝える役目をします。簡単に言えば、私たちが直接通るアスファルト舗装の部分などです。
吊橋の場合は、この床版と橋桁を吊索で吊るから吊橋です。吊床版橋のほうは、吊橋でいう吊索と橋桁が吊床版橋のケーブルに相当します。つまり、ケーブルの上の床版をケーブルで吊っているから吊床版橋です。「祖谷のかずら橋」の場合は、この床版が「さな木」と考えられます。
青雲橋のような、ケーブルがコンクリート床版と一体になっている橋は、英語では「Stress Ribbon Bridge」といいます。一方、龍宮橋のような、ケーブルの上にデッキだけが設置されている橋は「Simple Suspension Bridge」という言い方があります。(※吊橋は、Suspension Bridgeです。)
Ribbonは、薄いコンクリート床版のことで、圧縮力がかかった床版がケーブルで吊られているということです。リボン(Ribbon)と言えば、日本人は、プレゼントの箱や洋服などに付いた蝶々結びのリボンを想像すると思いますが、英語では細長い布のことを指します。
日本人がよく使うリボンのことはbow(bóʊ)といいます。
英語名だともっと分かりやすい名前があるのではと思い調べてみましたが、日本語の吊床版橋と同様に、専門家でなければ分かりにくいというのは同じでした。
ところが、分かりやすい言い方が他にありました。それが「カテナリー橋(Catenary Bridge)」です。 カテナリーとは懸垂線のことをいいます。鉄塔の間を渡っている送電線やネックレスを垂らしたときにできるお馴染みの曲線です。
そこで、「祖谷のかずら橋」を横から見てみましょう。「かずら橋」の敷綱は、祖谷川の上に大きな孤を描いています。これがカテナリー曲線です。これなら橋の構造が想像しやすい名前ですが、日本語名とするには違和感があります。
結局のところ、「祖谷のかずら橋」や龍宮橋も、吊床版橋とすれば本来の吊橋とは確実に区別できますので、日本語名の吊床版橋はよくできた名前なのかもしれません。
(※カテナリー曲線は、両端を固定した太さと密度が均一な綱が作る曲線のことです。綱の自重に比べ、大きな力が下向きにかかる吊橋のケーブルのような場合には放物線になります。「かずら橋」の場合も、厳密にはカテナリー曲線というより放物線に近いと考えられますが、ここではカテナリー曲線として話を進めます。)
吊床版橋の大きな特徴である綱を張ってその上を橋床とする形式は、古代から世界中で利用されてきた原始的な橋梁架設の方法です。
金属やコンクリートがなかった古代の人々は、ワイヤロープの代わりにカズラなどの植物材料を使って、綱を張りました。
ペルーには今も使われているケスワチャカ橋という橋があります。この橋は、現在まで500年にわたって架け替えられ、架橋技術が現代に受け継がれています。「祖谷のかずら橋」と同じような構造であり、定期的な架替えも同じです。使われているメインロープは、「祖谷のかずら橋」がシラクチカズラを使っているのに対し、この橋は植物繊維を撚ってつくった綱が使われています。
それでは、「祖谷のかずら橋」の構造について、もう少し詳しくみてみましょう。
スタッフブログ特別編(#6 祖谷のかずら橋 4/4) 「かずら橋」はカテナリー?【構造編Ⅱ】
へ続きます。
注釈
注1)
東京大学定年後、東京大学名誉教授。その後埼玉大学教授・拓殖大学教授。92歳没
注2)
PC鋼材とは、プレストレスト・コンクリート(PC)に緊張を与える緊張材のことである。緊張材には、PC鋼線(直径8mm以下の高強度鋼)、PC鋼棒(直径10mm以上の高強度鋼)およびPC鋼より線(PC鋼線をより合わせたもの)などがあり、これらを総称してPC鋼材と呼んでいる。